すみっこから

身も心も小綺麗な生き方を目指す雑記

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「誘われても断る人」なのに「楽しそうな投稿」を見ると羨ましい原因


 

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おばけ

どうも!風街おばけ(@obake_kzmc)です。

 

僕は自他ともに認める出不精です。

休日でも外出の予定がなければ、自発的には家からほぼ出ません。


2連休の場合、初日は外出しても2日目は明日からの仕事に備えて家で英気を養わないと調子が狂います。

 

養うっていっても、ゴロゴロしてるだけですが。

 

仮に2日連続で外出しようもんなら、その週は休んだ気になりません。

正直、海外旅行はおろか、国内旅行にも全然行きたいと思いません。

空港まで行って飛行機に乗って...とか考えただけで、めんどくさくて家に帰りたくなります。

 

「自分の住む県から一生出られないかわりに1000万もらえとしたら?」と仮に言われたら、喜んで受け取ります。


...ってなんだこの話。

 

まぁ、とりえずもう、すごく出不精なんです。

 こんな感じの性格なので、自分から人を遊びに誘うことはほぼありません。

 

それどころか、せっかく誘ってもらっても、しょっちゅう断ってしまいます。

 

そんな僕なのに、自分から断った僕なのに、SNSなんかに載った楽しそうな投稿を見ると、いっちょ前に羨ましがってしまうんです。

 

たのしそうでいいなー、と。

 

なにこれ病気?

家でなにして過ごしているのか

 

僕は家で1人で過ごす時間が、なにより好きです。

具体的になにをやってるのかと言ったら

 

  • 本・マンガを読む
  • ネットサーフィン
  • ゲーム
  • ネコと遊ぶ
  • ブログを書く

 

といった感じ。


これといって特別なことはやってないし「それのなにがそんなに楽しいの?」と言われたら、明確な答えは出せません。

 

ただ、結果論として僕はほとんどの事をこの「家でのダラダラ」よりも楽しくないと感じている、ということになります。

 

言い方は悪いですが、現に誘いを断って家にいることを選んでいるので。

 

友達と遊ぶとは楽しくないのか

 

もちろん、友達と遊ぶのはすっごく楽しいです。


でも頻度でいったら月に1回でいい。

「月に1回、ご飯でも食べながらお喋りをする」ぐらいがちょうどいいんです。それも少人数で小規模に。

 

むしろそれよりも頻度が多かったり、大人数でワイワイ系の遊びだと、高確率で断ってしまいます。


自分を客観視すると、どんだけコンパクトに生きてるんだと呆れてしまいます。

 

しかし遊びが飲み会の場合なら、行きは誰かの車に相乗りなのかな?喫煙者もいるのかな? (タバコのにおいが苦手)


バーベキューの場合なら、道具の調達は誰が担当するのかな?友達の彼女とかも来るのかな?


そういった未定の疑問を考えただけで、もう嫌気がさして断ってしまいます。

 

じゃあ、お前が理想とする遊びを仕切って決めれば?って話になりますが、それも休みの日にわざわざそこまで気張るのが面倒でやる気がしません。

 

そんなことせず1人でダラダラ家にいるだけで、僕は充分たのしいので。


我ながらお前もっと人生エンジョイしろよと言いたくなります。

でも僕は結局、望んでそうしているんです。

 

 

それなのに羨ましくなるのは、なぜなんだろう。

 

誘いもないのなら、そういったみんなでワイワイ楽しんでいる写真や動画の投稿を見て羨ましくなるのも分かります。

 

理にかなってますし。


でも、有難いことに誘いはある。

だけど自分の判断でそれを断っている。

それなのに羨ましがっている。


もう自分でも自分が意味不明です。

じゃあ行けよって話ですから。

 

ただ、最近、やっとこの意味不明な感情の正体が分かりました。

 

自分にない感性を持つ人への憧れ

 

僕は出不精で家で1人で過ごすことが大好き。

友達と会うのも月に1回ぐらいがちょうどいい。

それも少人数でご飯を食べながお喋りする、って遊び方じゃないと惹かれない。

 

そんな心の許容範囲が狭い性格をした僕は、心のどこかで自分が楽しめない遊びを楽しめる感性に憧れているんだと思います。

 

だって大人数で飲み会をやって、2次会でバーに行って、3次会でビリヤード行って...なんて遊びに誘われても絶対断るし、仮に行ったとしても楽しめる気なんてありません。

 

現に過去にそういった遊びに誘われ参加したこともありますが

 

「家に帰りたい。2度と行かない。」

 

という感想しか残りませんでした。

気は遣うわお金は対価以上に減るわで、何が楽しいだ、と。

 

しかし、そういう類の投稿をみると羨ましくなる。

誘いを断ったくせに羨ましくなる。

 

それは

「こういう遊び方を楽しいと思えるんだ。僕は全く楽しめないのに。」

という未分野への憧れに近い感情から羨ましがっているようです。

 

自分が楽しめない遊びを楽しめる感性に、嫉妬しているんです。

 

まとめ

 

知り合いに、フェイスブックに頻度にキラキラした投稿をする僕とは人種が違うと勝手に決めつけていた、イケイケな人がいます。

 

そのキラキラさんに僕のライフスタイルを話すと

「そんな風に質素に生きたいけど、なれないから羨ましい」

と言われたことがありました。


いやいやこっちが羨ましいわ!いつも楽しそうに見えるし!と思いましたが、結局はお互いないものねだりの感情がそうさせているんでしょうね。

 

 

自分が楽しいと思えないことを、楽しいと思える感性をした人。

 

そんな人たちを集めて、お互いの考えをマウント取り合ったりせず平等にお話できたら、まるで異国の話を聞いているようで新鮮なんだろうなぁ。

 

いつかそんなことを語るごはん会をやってみたいです。

絶対楽しいよそれ!

 

 

あ、でも少人数でね! (そこは譲らない)